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日常

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春が終わろうとしている。
先頃から空気は湿度を増していて、どうやら梅雨前線が日本列島を覆っているらしい。
太陽が雲を赤く染め、だんだんと夜に近づく時間。
一年ほど前にリニューアルオープンを果たし、以前とは違った高級志向の品物までもが陳列された棚を見て、僕は思考を巡らせた。
けれども一日酷使された脳味噌をちょいとつついてみたところでなかなか良い案は思い浮かばない。

「晩ご飯何が食べたい?」

大学からの帰り道にあるスーパーで、特売の卵をかごに入れながら聞いてみる。
少し目線を上げると、端正な顔が僕を見下ろしていた。
考えるような素振りを見せて僕の後ろに回り込み、耳元に囁くその音色は心地の良いテノール。

「たまき。」

それ、食べ物じゃないだろうと心の中でつっこみつつ、甘い声に赤くなったと自覚した耳を隠すように撫でた。

「たまき照れてるの?」

分かっていながら聞いてくる、その男をうるさいと追い払い野菜売場に向かって逃げるように歩き出した。

「ごめんって。じょーだんだよ、じょーだん。えーっとねー、そろそろ暑くなってきたし、俺冷やし中華が食べたい。」

慌てることもせずに歩いてくるのにコンパスの違いかすぐに追いつかれてしまう。

僕の顔色をうかがいつつも、目を細めて笑うさまは、これっぽっちも悪いと思っていないのがまるわかりで、思わずため息をついた。

この男に隠す気などないと分かっているけれども。

「んじゃ、けいハム取ってきてよ。」

あいよー、と言ってお肉コーナーに歩いていく男の後ろ姿を眺めながら、つくづく神様って奴は不公平だと思う。

僕は身長こそ平均並の170はあるけれど、元からの体質なのか筋肉は付かず、腕の太さも胸板の厚さもお粗末なもんである。

顔立ちもお世辞にも男らしいとは言い難く、どちらかというとかわいいと形容される方だった。だがそれは女性的という意味ではなく、小動物的なものらしい。
黒目がちの少しつった目がかわいいんだとのけいの言葉にクラスのやつらが頷いていた。

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