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君の声



 彼は今夜も一人で訪れた。

「ジントニック」

「畏まりました」

 以前は必ず二人で来店していたが、ここ数ヶ月、彼の隣は空席のままだ。





 入店後、最早指定席となったカウンターの右端から二番目の席に腰を下ろす。
 薄手のコートを隣席に預けると、彼は決まった酒を注文した。それは以前と変わらない注文で。

 変わったことと言えば、煙草の銘柄がかつて一緒にいた相手の愛好していたものになったことだけ。


 私の店を気に入って訪れてくれるのは有り難いことだが、一人でグラスを傾ける彼を見ていると、どうしようもなく気になってしまう。

 他にも常連客はいるが、彼は私の中で特別に気になる存在になっていた。




「今夜は冷えるようですね」

 灰皿を交換しながら彼に話し掛ける。
 会話が続かずとも、彼に一歩踏み込んだ関係を望んだ私の愚かさだったかもしれない。

「…そうですね。雨が降り出してましたし」

 彼は一度私と目を合わせると、ゆっくり視線を外すように一口酒を飲み込んだ。



 隣にいた相手はどうしたのか、ただの興味本位で知りたがったのではない。
 何か彼に惹かれるものがあり彼を理解したかった。


 けれど、容易に肝心な言葉は口を出ず、私はまた彼へ差し出す酒を作り始めた。

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