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恋すれど…

-01-

 あの人の姿はどこにいてもすぐにわかった。
辛くても光が見えなくても失いたくない人。
遠くから見ていることしかできない……。

 3月。この人は卒業して俺の目の前から消えてしまう。
卒業生との最後の試合。
久しぶりにこの人とダブルスを組んで試合ができた。幸せな時間だった。
 卒業してしまえば、この人が彼女と二人でいる所を見て、胸を掻きむしられることも無くなる。
でも、大好きなあの笑顔は見られなくなってしまう……。


「……あぁ…は…ぁ……はぁ……せんぱい…」

――だめだ、声が出る

「……あっ……あ……かが…み…さん…あぁっ……」

――何をしているんだ、俺は。

 誰もいなくなった部室で、俺は手淫をしていた。
手の届かない人のことを思って。

 あの人の忘れていったタオルを抱きながら。一人で達っていた。

「……ばかみたいだ。」
「――そうだな。」

 誰もいないはずのこの部屋で、俺の独り言に応える声が聞こえた。

「…ミキ……?」

 俺の身体は凍り付いた。
いや、血液が逆流して髪の毛が逆立っているかもしれない。「ふふん…誰もいないと思っていたのか?残念だったな。」

 ロッカーの陰から現れたのは、新谷幹啓(あらやみきひろ)。

 何故ここにいるのか。
とんでもない所を見られてしまった―いくら仲の良い友人だとしても、息のあったダブルスパートナーだとしてもだ。

「良いもの見せて貰ったよ。」

 心なしか青ざめた顔で、冷たく笑うその姿は俺の知っている幹啓ではなかった。

「ミ…キ…。」
「各務先輩か―。」

 手淫を見られたことよりも、萎えた自分自身を右手で玩ぶ姿を見られていることよりも、その名を口にされて俺の動揺は頂点に達していた。

「安心しろ。誰にも言わないから。」
「本当…か。」

 安心よりも幹啓のいつもと違う態度に、なんとはなしに不安が募った。

 幹啓がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
俺の前に立つと

「俺とお前だけの秘密だ。」

 俺の手元を見下ろしながら付け加えた。

「秘密ってやつは共有する事で完全に成り立つんだ。」
「共有……する?」

 共有という言葉が何を意味するのかわからなかった。
 そんな俺に向かって悪魔のように囁かれた言葉は

「俺を達(いか)せろよ、お前のその口でさ。」
「な……何言ってるんだ。」
「だぁからぁ、秘密を共有するために、一緒にやってやる、って言ってんだろう。」
「そ…んな。」

 やっと幹啓の言っていることが理解できた。だが……。

「――嫌だ、って言ったら。」
「別に俺は構わないぜ。いつ口が滑るか分からないだけだ。」

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