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彼女の故郷(三題噺)

彼女の故郷


三重県南部を走る紀勢自動車道を紀勢大内山インターで降りて、僕らは山々に囲まれた国道42号線、通称『熊野街道』を南へ走り続けていた。

 
降り続く細かい雨と霧のせいで、フロントガラス越しの視界も決して良くはない。

「このへんは日本で一番降雨量が多い場所だから。あたしにとっては懐かしい故郷の景色なんだけどね」

と、助手席の彼女。

「何年ぶり?」

「もう4、5年ぐらい帰ってないかな。このあたりはもともと寂れた村ではあったけど、しばらく見ないうちにますます過疎化が進んでるみたい」

窓の外を流れていく景色の中、見るからに空き家な古い民家がちらほらと見受けられ、中には朽ちて屋根が破れてしまっているものもあった。

すでに人の住んでいない家に咲き誇る紫陽花がますます哀愁を誘う。
 

寂しい過疎の村を通り過ぎ、峠を越えると、リアス式海岸の熊野灘と雄大な太平洋が眼前に広がる。

彼女の生まれ故郷の紀北町だ。
 
峠を下って紀北町の入り口に近づくと、特徴的なピラミッド型の屋根が近づいてくる。

それを見た瞬間、彼女が歓声を上げた。

「わぁっ! マンボウだ! 懐かしいな」

「マンボウ?」

「道の駅『マンボウ』だよ。紀北町の玄関口。名物はもちろんマンボウの串焼き」

「え? マンボウって食えるの?」

「あんまり美味しくないけどね! ねえ、ちょっと寄ってこ! ここの焼きたてパン、子供の頃からの大好物なの」

「はいはい」

彼女にせがまれて道の駅に入って車から降りると、いつしか雨は止んでいて、空には大きな虹が架かっていた。

まるで僕らのこれからを祝福するかのように。


  Fin.

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