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シンデレラ(家族編)

「知らない振りが上手になっても、自分が虚しいだけで何の解決にもなりはしないのに。馬鹿。」




ここに暮らす全てを慰めるようだと思った。







空気の流れの無い室内にもう随分と慣れてしまったものだと、私は四角い窓の外の鳥の声を耳で探していた。

どんな慰みが傍にあろうと、ここの世界はこの室内で完結している。

クリーム色のカーテンの向こうに青空と薄桃色の風が見える。ゆっくりと、花びらで彩られた桜色の空が白く薄い雲を連れて流れていく。


そう外界は全てを享受する慈愛の色彩に彩られている。


風の道にそって舞い上がる花びらの道を目で追っていると、寝台の上の気配が少し生身(なまみ)を増した。


彼はきっと眼球を動かして、私を見ているけれど。

私はそれを知っていても振り返らない。



あの優しく掠れた声で呼ばれるまでは。




「れいら」



不安と緊張がないまぜになって、得体の知れない何かに駆り立てられているのに必死になって去勢を張っていれば、転がり落ちる声が私を救う。

柔らかな、彼のてのひらで掬い上げられる。

あの、淵から。


ただ、それを待つの。


「起きた?……今日は、天気が良いの。桜が綺麗ね。」

ありきたりの言葉をつぐみながら、失敗した。
我ながら悲観的なそれに、いっそ自嘲を隠して、ぎこちなく笑ってしまった。

彼は映しているのか分からない瞳を陰で曇らせている。

それから上体を少し左に傾けて、私に背中を見せて窓に向き合った。

「本当だね。」

真綿のような、声が背中ごしに届く。

いま、彼は、喉を鳴らして微笑んでいるのだろうか。


彼との一日の始まりは常套句のように天気の話となっている。

会話の材料で毎日の変化を如実に伝えてくれる天気の話に。雨続きでも一日とて同じ雨は降らないから。

それに次ぐのが季節を象徴する草花。


それは、外界の話で当たり障りなく変化を伝えられるから。


息をして時間が刻む記憶を緩やかに伝える。


そう、伝えたいのだ。

彼に。あなたは生きているのよ。

私に。あなたは生きていると。


この瞬きの時間に、私は得体の知れないあの懸念から救われている。

受け入れられない現実を嘘に出来る。自分をごまかせる。例えそれが最終的に何の救いを見いだせなくなるような状態になっても。


綺麗な青空の筈なのに、どこか遠い。


知っている筈の空がいない。


まるで知らないもの。


空の印象が、遠い。

取り留めの無い事を考えながら、静かに二人で窓の外を見ていたと思う。

自然の音を拾いながら。



暫くして、彼の細い背中が振動した。切り出した彼の声で。それはここ数ヶ月聞いたことのないような、かたい、男の声だった。

ゆったりとした時間を硬質に変えるには充分な。

「れいら」


名前を呼ばれただけなのに。聞きなさい、と言われている気がした。

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