きみのことがすき
修羅場から始めてみよう
「……最低、だな」
前髪から酒が滴る。
なぜ?なんて、思わない。それはオレが、最低だからだ。
「行かないで」
荒々しく椅子を立った彼の袖をつかんで、オレは縋る。そんなオレを、アイツは心底汚いものを見るように見下した。
「触るな。二度と、お前には会わない」
あんなに優しい目でオレを見てくれたアイツは、もういない。もう二度と会ってももらえない。
冗談だろう?やめてくれ。
「待てよ!ふざけんな!ユエに謝れ!」
今にも駈け出さんばかりに横で吠える男に、オレは頭を抱えたくなった。
そんなオレとバカを無視して、アイツはすつと店を出て行った。
「おい、兄貴!!」
見てくれは似ていたけれど、何もかも違った。紛い物など、触れるべきではなかった。
一生触れなくとも、一生隣に居られる権利が目の前で砕け散ったというのに。うるさい男に、苛立ちが募る。
「ユエ? おい、ユエ!」
縋らないでくれよ。鬱陶しいじゃないか。
アイツが消えたこの空間に、これ以上居たいなんて思わない。オレも店を出ようと、財布から金を出してテーブルに置いた。
「なあ、どこ行くんだよ? ユエ、ユエ、ユエ…!」
「……悪いけど、」
浴びせられた酒が髪を伝って床に落ちる。度数の高いカクテルは、アイツが好きなもの。アイツの好きなものにまみれて、一番大切なアイツを失ったオレ。
「オレはお前の兄貴が好きなだけで、お前には興味がない。もちろん、お前の妹にも」
「な、……っ」
「あーあ、失った。オレが一番、アイツのことをすきだったのに」
「ユエ、だってお前……妹とは、婚約も……」
「婚約?アイツと家族になって永遠に一緒居るための契約だろ? ほんと、最悪だわ。お前もあの女も駒でしかねーのに、しゃしゃってくんじゃねーよ、クソが」
みっともない八つ当たりは、これで終わりだ。
今度こそ席を立って、店中の視線を纏ったまま地下からの階段を上がった。