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霞の少年

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    完結
    2020/2/11 更新
    霞の少年/  のこり湯
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    作品紹介

    その子の前に立つとわたしはサラサラと流れていった。

    その子の席は窓側で順番は後ろから2番目。
    本を読んでいるか、窓枠に手をかけて外を見ているか。外を見ている彼の先には何もない。淡々と田舎の空が広がって晴れたり曇ったり雨だったりするだけだ。
    ただ ちょっとだけ思い当たるものがあった。
    砂絵。 彼の中のそれは風が吹くたび形をゆっくり変えてゆく。彼はそれを空と同じく淡々と見ているようだった。

    いじめの一環として無視をされてるわけでも嫌われているわけでもない。認識されてないわけでもなく、自分から疎遠になってるわけでもない。前に足下に転がってきたボールを拾い上げクラスメイトに手渡すのを見た。相手は「サンキュー」と言って仲間の輪に戻って行った。
    彼は再びページをめくった。
    彼の周りにはたっぷりとした水の膜が張っていて、いつでもその球の中心に居た。

    私は彼が苦手だった。恐かった。
    関わらなければいい話しだがそうもいかなかった。親同士が友人だったからだ。特にこの頃は互いの家を行ったり来たりしていた。付き合わされるのが嫌で断っていたが、母の機嫌で無理矢理連行される事もあった。玄関に恐る恐る入り、ある気配を伺った。「今日はあの子図書館に行ってるの。」相手の母親の言葉に悟られたと感じ下を向いた。確かに彼の靴がそこにはなかった。安堵した。こうゆう時は「そろそろ夕飯が」と言う帰りの合図があるまで出されたジュースと菓子を飲み食いしながらテレビを観て過ごす。残念ながら見れる番組がやっている時間帯ではないのが苦だが。こうして彼の帰宅より先に母が帰りの合図を出すのを待ちわびた。

    その日は見事に期待が砕け散った日だった。
    母とわたしを向こうも親子で出迎えた。玄関での挨拶が終わると母達はリビングへ。彼は2階の自分の部屋へ戻って行った。もちろんわたしもリビングへ。するとおばさんがお盆に乗った菓子とジュースを渡してきた。「ゴメンねぇ。あの子変わってるでしょう。学校でも一人みたいだし、よかったら友達になってあげてね。」そう言って2階に行くよう促された。万事休す。上るたびにカタカタとグラスが音をたてた。部屋の前に着くと何度も深呼吸をする。お盆の上のものを零さないように慎重にドアを開けた。机に向かって本を広げる彼の背中が部屋の奥に見えた。学校みたいだ。そう思った。
    「あ、あの おばちゃんにね、コレ、おやつ持ってゆく様に言われた・・・んだ・・・けど」精一杯だった。背を向けたまま淡々と彼が言う。「そこに置いといて。」
    目がグリグリと動き棚の上に隙間を見つけガチャンと盆を置き翻ると階段を走り降り、リビングに飛び込んだ。母親がビックリして「なに?人様の家でみっともない。」とたしなめるのを無視して腕にしがみつき、帰りたい!帰りたい!と泣きついた。再びたしなめようとする何か察したおばさんが母に「いいよいいよ。そんな日もあるよねぇ。」と助け舟を出してくれた。我先にと玄関から飛びだすわたしとゆっくり靴を履く母。おばさんが駆け寄ってきて「ゴメンね。」と囁きながらさっき食べれなかったクッキーをそっと渡してきた。母と家へ帰る道すがら「わたし あの子苦手。」そう訴えた。拳の中でキライという言葉を握り潰した。

    一週間後再びあの子の家を訪れる事になった。もちろん行きたくないと駄々をこねた。すると母が「きっと大丈夫だよ。」と意味あり気な事を言う。「おばちゃんの為だと思って、ね?」とダメ押しされた。あの時のおばちゃんの顔が浮かんだ。暫く葛藤したのちうつむいて絞り出した。「今日 だけだからね」

    家に着くとおばちゃんが「よく来たね。」と出迎えた。そして「よく言っといたから。」と耳打ちした。どうやら玄関上がってすぐわたしは2階に行かねばならないらしい。一段上がるたび溜息で一段押し戻されるを繰り返しやっとたどり着いた。部屋のドアが開いていた。それだけで「本当だ。違う。」と思えた。入ると彼が「ゲームする?」と言った。少し戸惑ってから「うん。」と返した。戸棚を開けるとゲーム機本体といくつかのソフトを取り出しわたしに渡した。中に前からやってみたかったものがあって顔がほころんだ。「ねぇ!どれからやる?」と笑顔満面のわたしに「どれでもいいよ。君の好きにして。」と言うので「じゃあコレ!」とやりたかったソフトを差し出した。受け取ったソフトをわたしの抱えているゲーム機の上に戻すと「うん。遠慮しなくていいよ。」と言って背を向け机に向かった。水の膜が見えた。そうだ彼にはドアの開閉など関係ないのだ。わたしがやりたいゲームは基本二人プレイのものだった。一人でも出来るけど。
    途端自分の腕の中のものが大小の石の集まりに見えてきて手を放した。床にぶつかってけたたましい音が上がった。流石の彼も咄嗟に振り向いた。階段を駆け下りた。ゲーム機ダメになったかもほかのも全部壊れたかも。でもそんなのどうでも良かった。階段の最後の段を飛び降りると靴を履き、一目散に家へ走った。「おばちゃんの嘘つき!お母さんの嘘つき!」この後わたしがこの家に出向く事はなかった。

    学校以外で彼に最後に会ったのはわたしの家だった。小学校生活ももうすぐ終わる時期だった。彼はリビングのソファーに母親と並んで座り、大人しく紅茶を啜っていた。
    わたしは盛大に無視をし、もう一人の客に構いっきりだった。生後6ヶ月の赤ん坊。彼の弟。
    手をちょんちょんするとじぃっとこっちを見つめてくる。あまりの可愛さに
    「おばちゃん、抱っこしてい~い?」
    と聞くと良いと言うので抱っこすると母親の「気をつけなさい。」とゆう言葉を背に隣の部屋の縁側に腰かけてあやし始めた。最初はニコニコとしていたが急に暴れだし、泣きじゃくり手に負えなくなった。髪を引っ張られて悲鳴をあげているところに彼が颯爽と現れた。
    「そいつ、あんまり抱っこ好きじゃないんだ。」そう言うとそっと弟を抱き上げた。赤ん坊が水の膜の中にすぅっと吸いこまれていった。慣れた手つきで抱いた弟に頬ずりすると嘘の様にピタリと泣きやんだ。そしてそのまま眠ってしまった。余程わたしがなんとも言えない面持ちだったのだろう。彼はちょっと困った顔をすると「あ~ 別におこってないよ。」と言った。そのままリビングへ戻り母親に赤ん坊を渡した。「なんでかこの子やたら泣くのよ。でも上のが抱くとピタリと泣き止むのよねぇ。」とおばさんの声が聞こえてきた。
    完敗だった。わたしの声も身体も存在全てが霞んでゆくのが分かった。サラサラと音までしてくる。肉体が完全に消え去る瞬間 泣いた。

    そんな事をすっかり忘れていた高2の夏、母親が突然切り出した。「ねぇねぇ覚えてる?小学校の時よく遊びに行った、クラスメイトの男の子。」一気に靄がひろがった。あの子とは中学から学校が別になり音沙汰なかった。
    「ちょっと変わってたでしょ。当時あの子のお母さんもかなり悩んでいたのよね。でもね、中学に上がって暫くしたらお友達もいっぱい出来て、今じゃ彼女もいるんだって。夏休み彼女と色々出かけるんだ~なんてはしゃいじゃってて間違いが起こらないか逆に心配って笑って」母が言い終わる前に「それだけ?部屋行っていい?」と遮るとドンドンと音をたてて階段を上り、後ろ手でドアを閉めるとその場にうずくまった。
    ナンダヨソレナンダヨソレナンダヨソレナンダヨソレ・・・
    クッションに顔を埋めて叫んだ。


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