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シロツメクサ

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    完結
    2020/2/11 更新
    シロツメクサ/  のこり湯
    総閲覧数(303) レビュー数(0) しおり数(0)

    作品紹介

    襖を開けたらかあさんが死んでいる。
    襖1枚隔てて現実と本当の現実が存在していた。かあさんはボロボロで変色して目の粗くなった畳を褥にうつ伏せている。
    近づいて軽く揺するとカラカラと音がする気がした。
    腹が鳴る。
    かあさんを跨ぐと台所に立ち薬缶に火をかけた。戸棚からカップ麺を取り出し湯が沸くのを待つ。ぼぅっと眺めた窓の先には夕陽が在った。赤い赤い空だった。

    腹を充たし終える頃には暗くなり、水道水で口を濯ぐと部屋の電気を付けた。古くて黒ずんだ紐を探すのに頭の上で何度も手を扇ぎやっと指先に当たったそれを逃すまいと必死で掴んだ。カチンと音がしてパパパと蛍光灯が付くまでの完全な無。
    明かりが付くと染みだらけで剥がれかけた押入れの襖をガタガタと開ける。コイツも一筋縄ではいかなくて、すっかり歪んでしまっているので最後は足で蹴飛ばすしかない。
    「イテテ。」そして物色を始めた。
    上の段には来客用の座布団が何組か埃を被って据えた臭いを発していた。最後に使ったのはいつだったっけ?自分に良くなさそうなので考えるのを止めた。他は季節外れの衣類が詰め込まれた衣装ケースがあるだけだ。
    「これじゃ足んないな。」
    棚に手をかけてゆっくりかがみ込み、下の段の物色を開始した。
    上の段と同じ衣装ケースがふたつ重なってあるのとひとつだけ一際大きいケースがあった。
    (これなら足りるかもしれない。)
    両端を持って引きずり出そうとするとそこそこの重さに手が痺れた。
    重さを舐めてた事が分かり、足と腰に力を入れて再度引っ張った。すると割りと簡単に引っ張り出せた。
    前髪が顔に被さり邪魔だったのでかき上げると手のひらが汚れていないのに気がついた。よく見るとこのケースだけ塵ひとつ付いてない。頻繁に使用していたのだろうか。
    とにかく開けてみた。
    過去の自分が整理整頓されていた。
    「ひひゃ。」
    変な声が出た。
    1枚だけアルバムの上に写真があった。
    小学校の入学式に撮ったやつだ。
    校門に『入学式』とゆう字をピンクの紙の花で囲った看板の前でかあさんと自分が笑っている。新品の子ども様のスーツとピカピカのランドセルを背負った自分の横で借り物の古いスーツを着たかあさんが嬉しそうに笑っている。
    再びかあさんを跨ぐと台所からゴミ袋を持ってきてケースの中身をぶちまけた。
    幾つかの的を外れたものを拾い上げて、入れ終わると口を固く縛り、押入れに戻すとガタガタと襖を閉めた。

    かあさんの隣にケースを並べ、座るとまじまじと見た。
    どうやって折りたたもうか?
    腕を曲げるとパキリと音がした。横を向かせてもう一度。
    脚に取りかかる。腕の様にはいかなかった。
    膝をバキバキと折り、更に力を込めて腹側に押し付けた。これも二度やった。
    俗にいう胎児の様な形にして持ち上げた。
    思ったより重くてほっとした。
    (上手く入るといいけど。)
    ゆっくりとケースに入れた。ピッタリだった。
    そっと蓋を閉めた。

    夜中になると縁側の窓からケースを引きずり降ろした。最初は持って運ぼうとしたが、ギリギリ無理だった。狭い庭を抜けると田舎道が左右に広がっている。右手に行くとすぐに国道にぶつかる。隣家迄は田んぼが広がり、街頭もほとんどない。田舎で良かった。
    国道も朝夕は割りと車が通るが、真夜中は人っ子一人居ない。それでもズリズリと響くケースの音が鼓動を早まらせた。
    国道にぶつかるとしばらく運び、適当な所で歩道にケースを置いた。地べたに座り込むと
    「ハアハア」と荒い息が治まるのを待った。
    極度の運動不足だ。
    ヨロヨロと立ち上がると家の方へ歩きだした。
    ふと足下を見ると白い花が咲いている。
    いつだったかかあさんが、
    「これはシロツメクサよ。」と言っていた花だった。屈んで幾本か毟るとケースに戻り、蓋の上に置いた。再び家を目指した。

    帰ると久しぶりに夜の内に眠った。深い眠りだった。
    ドアを激しく叩く音で目が覚めた。もう昼だった。大きな声で自分の名が何度も呼ばれている。他人に名前を呼ばれるなんていったいいつぶりだろう。布団から這い出でると玄関に向かった。

    戸を開けると太陽の眩しさに目が眩んだ。
    スーツを着た男達が何か言っている。
    白い紙を突きつけられ手錠をはめられた。
    (コレが手錠かぁ。)
    思っていると引っ張られてつんのめりそうになった。家の前に止められた車に詰め込まれ、両サイドに男達が座った。何となく見たバックミラーに白髪だらけのくたびれた顔があった。車が走り出し、暫く俯いたままでいたが、
    顔を上げ右隣りの男に尋ねた。
    「かあさんはどうなりますか?」
    相手は手短に説明した。
    「良かったぁ。」そう言って笑った。
    少年がいた。


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